気づいたら7月、全く意味がわからない。

さて、気づいたら7月、全く意味がわからない。本当はこのブログも毎日更新しようと思っていたのだけど結局根底的にニートなので持続性がなくて無理だった。

最近はプログラミングを趣味にしている、というか、趣味だったものを再び始めていて、比較的調子がいい。プログラミングはだいたい丸ごと一日作業に時間がかかるしコードを書いている間は人生について悩む必要がないのだ。今となってはエセニートのphaとかもそんな感じでプログラミングやってたんだと思う。最近はプログラミングも一人でやるのではなく友達の無職とリモートでSlackで会話しながらしていて、割と面白い。

自分一人でやるのと他人とするのではだいぶ効率が違う。一人でやるとやはり3日もすればバテてしまうものだが(無職なので)、相手が作業しているとなるとそれなりに緊張感もあるし、コードの品質も一人で書いているときよりはムラがなくなった気がする。

とにかく、面白いことの一つには、生活リズムがお互い異なるので、朝起きると大量の機能が追加され、夜寝る前に大量の機能を追加する、という感じで1日1日とどんどん機能が追加されていき、無職同士の擬似的なオフショア開発が行われている、ということで、無職ならではだなーというのを感じている。

春先よりもだいぶ体調がよくて、連日家を空けては他人の家にお邪魔したり、他の人と会ったりしている。やはり根源的な問題は金だと思う。金がないのは辛くて厳しい。親に理解を求めるしかない。スタバをやめてマクドナルドへ通う、そういう日々の積み重ねがニートを形作る。

1日の徹夜が2日体調を狂わす

今日、機嫌が最悪で、なんとなく家族に当たり散らすなど無職しぐさをぶちかましてしまって何とも言えない状態だったんだが、昼寝したら解決した。1日の徹夜が2日体調を狂わすという事実を真剣に受け止める必要があると思う。水槽のコケ取りには相変わらず失敗し続けているが、部屋のケーブル類の配線を整理することに成功したので、わずかばかりの徳を積んでいる。現在の人生の状態、財布の中身が千円ちょっとしかなく、かなり厳しい、と言わざるを得ない。でも最近出かけたい欲求はあるのに行きたい場所は減ってきたから、から、から……何を言おうとしたのか忘れたので、今日は早めに寝ようと思う。

リセット癖

集中力がないのだと思っていたが、一日飯を食わずに作業したりできるからそういう意味では人より集中力があるのかもしれない。となると問題は集中力じゃなくて継続性に近くて、なぜ継続できないのか考えてみたのだけど、なんでもうまくいかないとリセット(全消し)してしまう癖があるせいだと思う。中途半端な状態で物を放置しておくのがすごく苦手で、なんでもその日のうちに完結させないとなんとも落ち着かない気持ちになる。部屋の片づけとかもそうで、一か所うまくいかないと全部ぐしゃぐしゃにしたくなるし、コードも書いては全消し書いては全消しみたいな感じになりがちなので、一向にプログラミングが捗らない、みたいなのが問題としてある。かろうじて今作ってるプロダクトはうまく言っているが、しっかりバージョン管理してて消せないという制約があったからうまくいったんだと思う。あと顕著なのは人間関係で、これも定期的にリセットしたくなる。いまはかなり頑張って維持しているほうだと思う。まじで。

リセット癖、本当に直したいと思っている。

全消しできない、という状態を作るのは得策かもしれない。でもただ蓄積していくだけの状態ってなにも生み出せないと感じていて、削る作業も必要だ。文章だって推敲しないとツイッターの垂れ流しと一緒だ。ということは削る作業が苦手なのかもしれない。全消し以外の方法論を持たないとやばいと感じていて、地道に削ったり足したりみたいな、そういう当たり前にできそうなことをやれるようになりたい。それを何日もかけて、あるいは何年もかけて、物を作っている友人とか見ていると、素直に羨ましいと思う。

ニートを離脱するかを決める国民投票の結果

家庭内での支持派が100%となりましたが、ニートは寝たきりで一日を過ごしました。ニートなので。というか、EU離脱のニュースもよく読んでないけど、そんなことはどうでもよくて、昨日動き回ったせいで寝不足で一日マジで何もやる気が起きなくてまだ調子悪い、みたいな感じなのであんまり一日の密度が高いと人間は死ぬっぽい。みたいな知見を得ている。寝不足、よくなくて、めちゃめちゃ不機嫌になるので素人にはお勧めできない。

人間と学習について、あるいは、ヒトは目の前にピアノを置かれたらピアノが弾けるようになるのか

ヒトはどうやって学習するのだろう、みたいなことをふと思う。例えば目の前にピアノをポイと投げられてその部屋に幽閉されたらピアノが弾けるようになるのか、いや多分ならないと思う。あるいは、普通の人が改善意志があるのに対して自分に改善意志が足りないみたいなことを思う。

適切な環境が与えられたとして、それで人間が成長するのだろうか、ということを考える。あまりそう思わない。成功した人間は環境が整っている、という言葉をよくみんな口にするけど、この場合の環境というのは純粋にものが、物質が投げ捨てられていて、その空間に人間がおかれている、という状態ではなくて、目的意識、あるいは何らかのレファレンス、そういう物に向かって突き進んでいく能力に強く依存している気がする。環境という言葉は、いままで物質的な意味だけだと思っていたけど、適切なレファレンスを与えるということなのかもしれない。そういう意味で、自分は適切なレファレンスを見つけるのが下手くそだ。人生におけるロールモデルのようなものを見つけたり、趣味で何か目標を決定したりするのが苦手だ。漠然とした改善意志だけが存在していて、それは四方八方に分散しているのだ。

レファレンスは誰が与えるのだろう。大抵は親だったり、あるいは、内在する何か、原始体験に基づいたなにかが決定づけるのかもしれない。だとするとそういったものは自分には決定的に不足している気がするし、あるいは、自分の妙な反骨精神、他人のいうことを率直に受け入れられないという性格が影響しているのかもしれない。そういう意味で、レファレンスを見つけるのが当面の課題ではある。

人はよくレールに乗った人生はつまらない、などということを口にするが、人生においてロールモデルが定義されている状態というのはつまり環境が整っている状態ということで、それはつまり適性なレファレンスを自分の中に持っていて、すなわち改善可能な状態におかれているということなので、何もない状態に比較すれば格段に羨ましい。

自分でレファレンスを見つける、という経験を積もうとしている。それはひどくむずかしく、自分自身における原体験というのは一体何なんだろう、というアイデンティティの根幹に結びついた難題でもある。

日々の虚無感を防ぐためのおすすめNGワード

ずばり、「毎日」という単語を使わないことだ。日々の繰り返しを連想させるので虚無感が増幅しやすい。ニートはしょせん同じ毎日の繰り返し、みたいなことを想起しやすいので、毎日という言葉で思考しないほうがいい。同じことの繰り返し、というのは、永続性を内側にはらんでいる。毎日という単語は、その永久に続く虚無への牢獄である。毎日、という代わりに、今日といったほうがいい。大体毎日から始まる文章は今日についての話なのだから。

ニートは起業の夢を見がちだけど大体なんもしないよ

今日はもくもく会に行ってきたんだけど、もくもく会でもくもくしなくて全然しゃべり倒してたら終わってしまったので主婦のおしゃべりパーティーみたいになってしまった、みたいな感じでそのあと友達んちいってなれないタバコに口つけて1日が終わった、んだけどとりあえず久々にコード書けたので一日の充実度は高かった。こういう感じで一日にやることがたくさんある状態みたいな、できれば場所を変えやることを変え手を変え品を変え気づいたら飯も食わず夜、的なのが理想的な一日の終焉という感じがあるので、こういう日を増やしたいのだが、無職はいかんせん金がないので難しい、というのがある。

まっとうな会社で働くというの非常に気持ち的に難しいと思うので、自分たちで起業したいよね、みたいな話、無職同士だと非常に頻繁に出てくる話題なんだけど、まあたいてい夢物語で終わるのが、久しぶりに無職ではないまともな人間性能の高い人間と話したので、割と現実味を帯びた話ができた。ただ起業、精神的にも金銭的にもエネルギーが要りそうで、なかなか難しいのではないか、と考えているが、何事もやってみないことには分からないのかな、とか、そんなことを考えている。ただ今の段階では夢物語である。

家で熱帯魚を飼育しているんだけど、水槽のコケ取りをしようと思ったらいつの間に友達の家に転がり込んでいたので精神が水槽のコケとりを拒んでいる、といえるかもしれない。無職になると人の家に転がり込むのも金銭的にむずかしくて、なんかの拍子にご飯食べに行こうみたいになると申し訳なさで魂ゲージが消費される。ニートは繊細なんだなあ、みつを。